08 June, 2011

そうだ、東寺いこう ~金堂・講堂編~



ご無沙汰しております。
忙しくしていたもので更新がだいぶ遅れてしまいました。
今回は前回の続き、東寺について書いていきます。

五重塔をあとにして、次に向かったのは金堂。
入ってすぐのところにあった説明書きの隅にもありがたい言葉が。

『欲深き人の心と降る雪は
 積もるにつれて道を失う』

…欲深い自らの身にズッシリと重いこの言葉…
日頃の自分を猛省しました(^^;)

さて、内部は撮影禁止なのでお見せできないのが残念ですが、
ここには3体の仏像が並んでいます。
その大きさが、とにかく「でかい…」のひとこと。

中央に薬師如来像、その両側に日光菩薩と月光菩薩。
薬師如来はその名が表す通り、医学の仏さま。
この3体、薬師如来が大病院の病院長、
日光・月光菩薩を日勤の看護長と夜勤の看護長として例えることもあるそう。
 
ここを管理しているとおぼしき男性が、観光客相手に三尊の説明をしていらっしゃる。
そのお話が印象的でした。

「…菩薩ばかり並べていてもしょうがない、
 わたしらの願いを叶えるには如来の力が必要だから。
 だが如来だけでもいけない。
 如来は菩薩がいないと皆の願いを叶えられないんです」

如来は、仏教の十界の中で悟りを開いた最高レベルの状態にいる存在のこと。
菩薩はその下になるのですが、如来のレベルにあっても、
他者の力を借りないと自らの力を発揮できない、というわけです。
わたし、このことに非常に感銘を受けました。
絶対的な存在ではなく、仏も他者の協力を得てこそ仏として人を幸せに導くことができる。
なにも仏さまに限ったことではありません。
わたし達も同じではないでしょうか。
こんなにも優しく、親近感があり、わかりやすくわたし達に教える方法が、他にあるでしょうか。
こういったアジア的な考えが、わたしは好きです。

金堂の内部では、壁際の縁に腰掛けてゆったりと拝観することができます。
お年を召した方にも優しい造り。さすが薬師三尊を配するお堂です。





五重塔横の木々の間にて。木漏れ日がすき。


次はお目当ての帝釈天が安置されている講堂へ。
ここでも修学旅行生に説明をしているガイドのおじさんのお話を横から拝聴。
最近のX線調査で、不動明王の頭部に、
言い伝えの通り宝物が入れられていることがわかったとか!

そして遂に帝釈天とご対面の時が…

確かにイケメンだ!!!

でも仔象に跨っているのがミスマッチで面白いような…(笑)
パンフの写真では胸部から上の部分しか写ってないからわからないけど、
その下がこんな風だとは思ってなかった!
いやいや!! 笑っては明王さまに対して不謹慎よ、わたし。

修学旅行生の一班に、ガイドのおじさんが
「仏さまの顔、どんな風に見えた? 優しい顔に見えた?
 優しい顔に見えたのはね、あなたが優しい気持ちになったから…」
と話しながら講堂を出て行くのを耳にしながら、
一体一体をゆっくり観たあと、わたしも講堂をあとにしました。

拝観料が必要になるエリアの出口にさしかかると、
丁度いい具合の場所にお茶屋とお土産屋が。
わたしも我慢ならず修学旅行生に混じってソフトクリームをペロリ。
そしてお土産屋の出口には、
なんと表にさらされた状態で破格の『帝釈天ポスター 100円』の文字が!!
21体ある講堂の中で唯一ソロでポスター販売されちゃうくらいイケメンなのに、
野ざらしでしかも100円て!? ええー!? と思いながら、
その価格ゆえ購入を真剣に検討。(1分間くらい)結果、
「我が家のインテリアには確実に合わない、
 すぐ近くだしまた来れるから今回は」
見送ることに。
またすぐに買いに行ってしまうかもしれませんが(笑)


思いもかけず長居をして非常に感動的だった東寺。
我が身を振り返り、日本人であるわたし、アジア人であるわたし、
そういったアイデンティティを見つめることができました。
また行きたくなる京都、その一端を見れた素晴らしいひと時に、
感謝、感謝です。



東寺境内から市街を望む。奥に京都タワー。






No comments: